武者烈伝・零外伝 隼の章
頑駄無国と時穏国を揺るがした遮光の乱から数ヶ月、二つの国は併合し、天宮となった。
戦禍の傷もようやく癒え、雷凰若将軍率いる軍勢は戦乱の余波で時折現れる闇の怪物の殲滅に尽力を尽くし、報せを受けた地を転戦していた……
「はっ!」
百足のような怪物を摩亜屈の天刃と空刃が三つに断ち切った。
断末魔と共に怪物は塵となって四散し、消えていく。
「これで終わりか」
辺りを見回し全ての怪物が消えたのを確認し、刀を納めながら頑駄無が呟く。
「そのようだ」
同じく刀を納めて精太も一息つく。
「気配も……消えたようだな。皆の者、ご苦労であった」
若い、まだ幼いとも言える声は雷凰若将軍だ。
最近は、若も威厳を身に付けてこられたようだな、と雷凰をみながら農丸は思う。
ふと周りを見た農丸の目に、刀を持ったまま立ち尽くす摩亜屈が留まった。
「大丈夫か、摩亜屈」
農丸の声で我に返った摩亜屈は、慌てて刀を鞘に収めた。
「すみません」
反射的に謝る摩亜屈に近寄り、肩に手を置く。
「あまり、気を張りすぎても疲れるだけだぞ?」
摩亜屈は少々気落ちした顔になり、
「はい」
と、一拍おいてすまなそうに答えた。
「摩亜屈様」
二人の会話が終わるのを見計らい、摩亜屈の背後から声がかかる。
「鉄機の武具をお取り致します」
「あ、ああ、頼む」
女性らしい柔らかな声だが、それでも冷たい印象を受けるのはやはりその仮面のせいかと摩亜屈は思った。
背後には荷物庫に稼動腕、両腕には大きな盾、それに加えて鎧まで身に着けているせいで、硬く、重そうな印象を摩亜屈は受けてしまう。足下の踵の高い下駄にしても、見栄えを気にしてではなく、何かを仕込んだ結果なのだろう。
「すまないな、桜徒離衣」
「何をおっしゃいます。これが私の務めですから」
桜徒離衣、それがこの女性の名前であった。
兄に代わり新たな摩亜屈となった衛有吾を補佐する為に里から送られてきたのだ。
「はい、お取りしました」
桜徒離衣の稼動腕が前方からぐるりと大きく回って背中の貨物庫に鉄機の武具を納める。
「ようし、引き上げだ。本陣へ戻るぞ」
頑駄無の号令が辺りに響いた。
天宮の主都、破悪民我夢。
丑の刻。
空には薄雲に隠れた月が光り、城下の灯りも殆ど消えた頃であった。
「む」
自らの寝室で殺駆頭は目を覚ました。
障子に陽の気配が微塵も無い事から、まだ夜なのだと分かる。
そこまで老いたと思いたくは無いのだがな。
殺駆頭はそんな事を頭の片隅で考えながら怪しい気配を感じて布団から体を起こしていた。
足下で丸まって銃摩は寝ていたが、すでに雷穏丸は目を覚ましていた。
指示を待つ雷穏丸を手で制し、待機させてから障子戸を静かに開け、部屋を出る。
微かに感じた気配を追い、宝物庫に向かって寝静まった城内を歩いていく。
その、角を曲がれば宝物庫が見える所まで来た殺駆頭だったが、そこにまた別の気配を感じて身構えた。
「殺駆頭様?」
「漣飛威か」
角から現れたのは、漣飛威だった。
「こんな夜更けに、どうされました」
「おそらくは・・・・・・曲者だろう。気配を感じた」
「殺駆頭様もでしたか、実は某も・・・・・・」
「ふむ、やはりお主も・・・・・・かっ!」
ギインッ!
白刃が閃き、照り返した月光が辺りに舞う。
「刀も持たずによく言ったものだな」
殺駆頭の刃を受け止めるのは斧。
激しい鍔迫り合いから“漣飛威”は刀を弾いて大きく飛び下がり、庭に降りる。
「流石、その腕、未だ衰えてはおらぬようで」
先端を尖らせた刃を両側に付けた戦斧を構えながら、その“漣飛威”は笑った。
「その戦斧、もしや貴様、卦伊瑠か!」
「お久しぶりですな、殺駆頭様」
殺駆頭も見間違えたこの男、名を卦伊瑠という。
双子の弟である漣飛威と互角かそれ以上の腕を持ちながらも突然、時穏を出奔し、姿を眩ませていたのである。
「国を離れて、今は賊の用心棒か?」
「いやなに、愉快そうな事に手を貸しているだけでして」
殺駆頭が問い詰めても卦伊瑠は不遜な態度を崩さない。
「話は捕らえて聞くしか無さそうだな」
「そのようで」
刀を構え直し、間合いを詰めようと一歩、踏み込んだその時、宝物庫の方から一筋の光が立ち上っていく。
「残念、どうやら時間のようですな」
「私が逃がすと思うのか?」
卦伊瑠がゆっくりと下がり、殺駆頭も距離を離さぬようにじわりと間を詰める。
「!」
殺駆頭が飛びのいた瞬間、今までいた場所に銃弾が突き刺さる。
「退くぞ、何をしている、卦伊瑠!」
闇夜に二つ、影が浮かんでいる。
「仲間か」
「それでは、殺駆頭様、弟によろしく」
上空の影から煙幕が撒かれて、殺駆頭は卦伊瑠の姿を見失う。
「飛んで・・・・・・逃げただと?」
煙幕の途切れた先から見える推進器の光を視界に納めながら、事態に気付いた兵達に指示を出すべく殺駆頭は動き出した。
同じ頃、雷凰の陣、その外れ。
川岸に二刀を振るう影があった。
宙に向かって幾つもの型を取る。
その影は、軽装の摩亜屈であった。
鋭く、それでいて剣先を乱さぬよう丹念に。
頭の中に描いた動きと寸分違わず重なるように。
「ふう・・・・・・」
刀を鞘に戻し、額の汗を拭ってから顔を洗おうと川に向かって歩き出す。
ジャリジャリと川原の石を踏む音が、川の流れる音と虫の声の中に混ざる。
冷たい川の水で顔を洗っていると、陣屋の方で何かあったのか、ざわざわと夜中だと言うのに話し声が聞こえてくる。
「摩亜屈様」
小走りに摩亜屈の元に軽装の桜徒離衣が駆け寄ってくる。
「どうした?」
軽装のままということは、敵の襲撃では無さそうだ。
「城から、伝令です」
鎧を全て着込んでようやく摩亜屈と同じくらいの身の丈になる桜徒離衣は自然と見上げるような形になって摩亜屈の前に立つ。
「何者かが・・・・・・城に忍び込んだそうです」
「ふむ・・・・・・」
「幾つか気になる事がある故、そちらも警戒を怠らぬように、との事です」
「気になる事?」
「はい、宝物庫に取られた物が無い事、それからその一味の中に、あの卦伊瑠殿の姿があったと・・・・・・」
腕を組んで考え始めた摩亜屈を桜徒離衣は心配そうに見る。
「桜徒離衣」
「はい、何でしょう」
「すまない、鉄機の武具を用意してくれるか」
「分かりました・・・・・・何か急を要するのですか?」
鎧の一部では無い貨物庫を取りに天幕へ戻りながら桜徒離衣が聞く。
「そこまではっきりとは言えないが・・・・・・山へ、行ってくる」
「御山に、ですか」
並んで歩きながら摩亜屈は鎧を呼び出し、着装する。
「これが“野生のカン”なら間違いは無いだろうがな・・・・・・杞憂であればそれに越した事はないさ」
そう言って摩亜屈は桜徒離衣に小さく笑ってみせる。
「若様には、私からお伝えしておきます」
摩亜屈の言葉には何も言わず、桜徒離衣は鉄機の武具を取り出して摩亜屈に渡した。
「頼んだ」
大鷲形態に変形し、空へ飛び立っていく摩亜屈を見送る桜徒離衣の表情は、やはり、不安気であった。
山間いの、強い風が吹き付ける谷。
獣も眠りに付くこの時刻、薄雲が月を曇らせる闇の中、普段ならば風が揺らした木々の音しか聞こえぬ筈のこの場に、いつもとは違う異質な轟音が鳴り響いていた。
轟音の元は三つ、森の上を三つの影が真っ直ぐ飛んでいく。
「辺出!砦を避けるのに大分時間がかかっちまってるぞ、どうするお前だけ先行するか?」
三つの影の内の一つ、黄を基調に丸みを持った鎧を着込んだ大柄な男が、別の影に話しかける。
「焦るな、基派留。問題は無い」
答えるのは辺出と呼ばれた影の一つ、桜徒離衣と良く似た鎧を着た男。
「随分と用心深いんだな、あんた達は」
そう茶化すように喋るのは数刻前城に忍び込んでいた、卦伊瑠。
「失敗は、したくないだけだ」
「ふん、この速さでも不安かね」
そう言いながら、自分の足の下、灰色の機械を叩く。
奇妙な形の乗り物だった。
後部から大量の推進剤を噴出す灰色の、巨大なエイ、そんな印象を受ける。
こいつが無ければ付いていく事も出来なかったろうな、と卦伊瑠は思う。
三人の内、辺出だけは推進機を仕込んだ盾を両腕と背中に付けて飛んでいた。
先頭は辺出、その速度にようやく追いつく形で後方に基派留、卦伊瑠の二人が飛んでいる。
並びを崩さずに、谷を進む三人。
また、月明かりが途切れた。
「散れっ!」
辺出の叫びと同時に、天空から放たれた銃弾がその真横を貫く。
「来たかっ!」
大鷲が、月を背負って現れる。
鋭い風切り音と共に急降下した大鷲が三人の前で変形を解く。
「止まれっ!辺出!基派留!」
天刃と空刃を構え、摩亜屈は三人の前に立ち塞がる。
「おおよその事、見通されたようだな……」
辺出は銃を構える基派留を手で制する。
「卦伊瑠殿、任せたぞ」
「なるほど、気前良く前金を払うわけだ!」
ガッ!
卦伊瑠が突進の勢いをのせて斬りかかり、摩亜屈がそれを受け止めると、その横を辺出と基派留が飛び抜ける。
「待てっ!」
「余所見はいかんぞ」
「くっ」
卦伊瑠は摩亜屈を蹴り飛ばし、その空いた空間に刃を向ける。
「行けっ飛来撃!」
四方から卦伊瑠の意思に従って顎を持つ飛来撃が摩亜屈に飛び掛る。
身をかわし、避けきれぬものは弾く。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ目、を弾き上げたその次の瞬間には卦伊瑠が狙いすました一撃を振り下ろす。
強烈な斬撃。
それを上がったままの腕に刀を当てて摩亜屈は受け止めるが、それでも勢いに押されて吹き飛ばされる。
「流石っ、摩亜屈の名を継いだ事はある」
獲物を逃がさぬように途切れぬ攻撃の中、卦伊瑠は笑い、それが摩亜屈の焦燥をじりじりと高めていった。
「臆したのか、辺出」
基派留が問いただす。
何故、戦うのを止めたのか。
「俺はお前がやれというなら、摩亜屈殿とも、やってみせる」
「臆してはいない……俺たちには必ず、一刻も早く成さねばならないものがあるからだ」
決意のこもった言葉を辺出は呟くように言い、手の中の石碑を見る。
中央に穴の開いた、大きさは一冊の書物程の石碑。
「誰かが、やらねばならんのだ……誰かが」
「ああ」
辺出の言葉に、基派留は短い言葉で頷いた。
「しゃあっ!」
死角から打ち込まれる斬撃を、かろうじて受け止め、こらえる摩亜屈。
「どうした!天翔の二つ名が泣くぞ、摩亜屈!」
慣れぬ筈の空中戦に適応する卦伊瑠の変幻自在の動きに、翻弄される摩亜屈。
距離を取る隙は作れず、自慢の素早さを発揮出来ずに、苦しんでいた。
また、卦伊瑠が飛来撃と合わせて突っ込んでくる。
摩亜屈が反応するタイミングと同時に卦伊瑠は体を捻り、高く、乗機毎反転し、下から斧を振り下ろす。
かろうじてこれは受け流す摩亜屈。
しかし卦伊瑠はその勢いを殺す事無くそのまま回転し、摩亜屈の背後を狙う。
「くっ」
半身の体勢で受け止めねばならない。
『翔べ!』
迷わず、翔んだ。
卦伊瑠の斬撃を無視して全速力で上方へ。
ドウンッ!
摩亜屈の足元、卦伊瑠を爆炎が包む。
「相手に付き合いすぎるのは、少々直した方が良い」
威厳のこもった静かな威厳のある声。
それは摩亜屈の心に聞こえた声と同じ物であった。
振り向いた摩亜屈の目に映ったのは、槍持つ緋色の飛竜。
「摩亜屈、お前の読みが当たったぞ!」
それは、仁宇であった。
「姫が石碑を調べたところ、微かに闇の気配を感じたそうだ。盗まれたものは光の石碑に違い無い」
悪無覇域夢山にあるといわれる闇と光、両方に通じるとされる門。
その門を開く為のそれぞれの石碑は遮光の乱の後、闇の行方はようとして知れず、頑駄無城に光の石碑が一枚保管されているだけだった。
その時、爆発から立ち上っていた煙が晴れ、その中から盾を構えた卦伊瑠が現れる。
「効いたねえ……導師の癖に不意打ちがお得意のようで」
「ふん、そちらは世辞の腕も立つようだな」
舌戦を繰り広げながら仁宇は槍を構える。
「摩亜屈、お前は先に行け、こいつは私が引き受けた」
「仁宇殿、かたじけない」
「礼なら桜徒離衣に言う事だな。彼女が頼みに来たのだぞ、読みは必ず当たるとな。お前の事を信頼しているからこそだ」
「桜徒離衣が……そうでしたか」
「さあ、早く追い付け、無駄にする時は無いぞ」
摩亜屈は仁宇に礼をして、大鷲に変形し、二人の後を追った。
「さて、待たせたな」
「なに、折角の御相手、二人一辺に頂くのはもったいない」
「はっ」
不適に笑う卦伊瑠を仁宇は笑い飛ばす。
「それでは、いざ龍神導師仁宇、相手になろう」
「来たぞ、辺出……あの閃光、卦伊瑠殿ではないな」
後方を確認しながら飛んでいた基派留が辺出に告げる。
「そうか」
辺出は短く答え、体を反転させた。
「基派留、浮流弩々を」
「応」
基派留は自力での飛行に切り替えて空に浮かび、乗物、浮流弩々から離れる。
「合身」
代わりに取り付いた辺出の言葉に反応し、浮流弩々はその姿を瞬時に変えた。
装甲は鎧に。
広い羽のような推進器は背中へ。
浮流弩々を身に纏った辺出は、下部に収まっていた刃の部分が余りにも長い銃剣を構える。
真っ直ぐ、こちらに向かってくる光点に向けて辺出は狙いを定めた。
「基派留、援護を頼む」
「ああ、任せろ」
基派留も光点に向かって大砲にも似た銃を構える。
「む」
自分を狙う二つの銃弾を摩亜屈は体を捻り、回避する。
高く飛び上がり変形。
「石碑は返してもらうぞ!辺出!」
刀を構え、叫びながら摩亜屈は急降下する。
速さは全開に、最速で突っ込む。
同じく、前に出る辺出。
長大な銃剣と、二本の刀が交錯する。
弾いて、離れる二人。
「辺出、石碑に何を望むのだ!」
基派留の銃撃。
かわす摩亜屈。
「知れた事、光の、力だっ!」
大きく払われる辺出の刃。
「あの戦の仇討ちのつもりか」
受け止めた摩亜屈と辺出の顔が接近する。
「そうよ、全ての闇を絶やさねばならんのだ」
摩亜屈の背後から銃と一体化した斧を基派留が振るう。
「ふんっ」
振り向き、刀で受ける。
当然、辺出に割く力が弱まり鍔迫り合う刃が押される。
半ば潰された刃の向こうに摩亜屈は銃口を見る。
ドンッ!
「くうっ」
かろうじて体を捻り、銃弾をかわした摩亜屈はそのまま間合を取ろうとするが、辺出もそれに追いすがる。
「あれは、世を飲み込む禁忌の力だ。我らが扱うものでは無い」
「だが、その力で里は襲われたのだ!」
大きく振り上げ、推進器の勢いと共に辺出は刃を叩きつける。
「闇は、滅さなければならないのだ!」
「扇子龍、てッ!」
仁宇と周囲に飛ばせた扇子龍の間に雷が走り、巨大な網となって卦伊瑠の飛来撃を撃ち落す。
「ちっ」
危うく巻き込まれそうになった卦伊瑠は寸での所で逃れるが、大半の飛来撃が落とされ舌打ちする。
「逃さぬ!」
扇子龍を卦伊瑠に向け発射させる。
激しい、雨のような速射が卦伊瑠を襲う。
浮流弩々の速度を上げ、かわしていく卦伊瑠。
眩い閃光が闇夜に線を描き、爆発が辺りを朱色に染めていく。
卦伊瑠は仁宇の上に、飛ぶ。
素早く視線を向け、浮流弩々を追いかける仁宇。
影が、二つに。
「ぬう!」
斧が、仁宇の左肩鎧を砕く。
浮流弩々を囮に飛び降りた卦伊瑠の投げた斧が一瞬の間を狙い、仁宇を襲ったのだ。
かろうじて直撃は避けたが左肩が動かない。
卦伊瑠は再び浮流弩々に飛び移り、スパイクを備えた盾を構え仁宇に向かって飛ぶ。
「終わりだ!」
構えた槍で受け止めようと構える仁宇。
その視界に滑り込む影。
斧を顎に挟んだ飛来撃が卦伊瑠の横に付く。
槍1本では受けきれまい。
仁宇は盾を防ぐが、腕1本では押さえ込まれる。
斧を振り上げる卦伊瑠と仁宇の視線が交錯する。
仁宇が、笑った。
雷鳴が轟く。
仁宇自らを巻き込んだ雷が、卦伊瑠を襲う。
「がっ!」
少しは、抑えてある筈の電撃だが、浮流弩々には致命傷となる。
白煙を吹き上げる浮流弩々を蹴り飛ばし、卦伊瑠は下がる。
痺れる体を奮い起こし、戦斧を振り上げ、投げようとした卦伊瑠の目に、槍をこちらに向ける仁宇が、見えた。
「覇っ!」
「しゃあっ!」
仁宇の法術が卦伊瑠を炎に包み、それを割って戦斧が飛び出す。
真っ直ぐに、仁宇に向かって。
「扇子龍!」
仁宇の思考に反応していた扇子龍が、仁宇の前に立塞がる。
一枚二枚、そして六枚全てを破壊して、そのまま仁宇の顔をかすめ、戦斧は後方に飛んでいった。
「奴は……落ちたか」
空を飛べねばもう続けられ無いと考えたか、周囲にはもう卦伊瑠の姿は無く、周囲には静けさが戻り仁宇は槍を下ろす。
思ったよりも左腕の傷が深く、仁宇は変幻を解いて元に戻る。
「摩亜屈、無事でいろよ……」
「力は、奮う為にあるのでは無い!」
天刃と空刃が銃剣とぶつかり合い、閃く。
「己が求める物の為だけに力を求めるのなら、貴様のやっている事は遮光と変わらぬ」
幾合も斬り合い、刃を重ねる。
重い斬撃を遠い間合いから狙う辺出。
そして隙を埋める基派留の射撃。
しかし、高速で動く摩亜屈を捉えきれない。
「それでも、仲間が死んだ事は偽りでは無い」
辺出の動きを抑えるように回り込んでいく摩亜屈。
動きの先手を取られ、辺出は距離を保つ為に銃を撃つ。
互いに消耗しあう空中戦、その流れは徐々に摩亜屈に傾きつつある。
「ならば、光が飲み込んだ先に何を守る」
摩亜屈の連撃が辺出を下がらせる。
「我らが守るべきは今。そこに生きる民の為に戦わねばならんのだ」
縦に構えた刀を、一閃。
辺出の銃剣が、割れる。
「新しき今なら、作ってみせる」
辺出は銃剣を捨て、腰の刀を抜いて構える。
横から叩きつけられる基派留の斬撃を、摩亜屈は下がってかわす。
「それは、生きるもの全てを否定する言葉だ、辺出よ!」
大鷲突銃を構え先端の榴弾を、撃つ。
弾道を見切り、大きく離れて回避する辺出と基派留。
何も無い空間を通過しようとしたその弾に、摩亜屈が銃口を向ける。
ドウッン!
爆発の光が二人の視界を焼く。
その一瞬で、もう摩亜屈の姿は視線の先に無かった。
辺出の真上から銃弾が放たれ、背中の浮流弩々の一翼を貫く。
「くそっ」
撃たれた部分を切り離し、下がる。
「生き続ける事から逃げるな!」
急降下する摩亜屈。
基派留の銃撃も、無視して、真っ直ぐ辺出へと。
推進器のバランスが崩れた辺出はその場で刃を繰り出す。
「疾っ!」
辺出が、吹き飛ぶ。
「がっ」
摩亜屈が辺出の切り払いを天刃で受けとめた時には既に、空刃が辺出の胴を薙ぎ払っていた。
「辺出!」
落ちて行く辺出を基派留が銃を投げ捨てて、受け止める。
「く……」
鎧を切り裂かれ、重傷を負った辺出が摩亜屈を見る。
「今を……作る事は出来なかったか……とどめは、刺さないのか……?」
「死ぬことで、罪が償えると思うな。生きろ、自らの仲間の為に」
刀を納め、摩亜屈は言う。
遠方の山際は白み始め、夜は明けようとしていた。
数日後、この一件は頑駄無達の尽力もあり、処分は摩亜屈に一任する事で決着し、辺出と基派留は自ら国外へ退去する事を選んだ。
天宮の外れ、国外へ続く街道を歩く辺出と基派留を、摩亜屈と桜徒離衣が遠くから見つめていた。
「摩亜屈様」
桜徒離衣が、摩亜屈の背後からその名を呼ぶ。
仮面を着けたその表情は、やはり読み取れない。
「兄の、辺出の一件、本当に・・・・・・有難う御座いました」
静かにそれでも一生懸命伝えようと思いを込めた声。
「本当に・・・・・・あの、その」
今日は、仮面を被ってくれていて良かったと、摩亜屈は思う。
その表情に、何か良い言葉を捜そうと必死になったかもしれない。
「何も言わなくても良い。私も、何を言えば良いかは分からんのだ」
「・・・・・・有難う御座います」
少しだけ、明るくなった声でお礼を言い、桜徒離衣は頭を下げた。
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