武者烈伝・外伝 童の章






天宮の空に一つの流星が走ったその夜、一つの影が動いた。
「見ツケタゾ・・・・・・」
 そして、また一つ。
「動いたようだね・・・・・・」
 影が二つ、闇の中を走り出した。


「父上ぇぇ!」
武者ヶ原において暗黒砲を止める為、移動要塞裏死低阿と烈火武者頑駄無が相討ちとなって一夜が明けた。
悲しみに暮れる中、百式の持つ光の巻の予言に従い、精太、嵐丸、烈丸は、天から星が落ちたと知らせのあった地、羅美安薔薇山へと向かっていた。


 空からの光が差し込む静かな森の中を三人は歩いていた。
 坂になった道を無言で進んで行く。
 先頭を歩く精太が後ろを見遣る。
 最後尾は嵐丸、そしてその前を歩くのが烈丸。
 父親を亡くしたばかりだというのに、健気にその事を考えないように一生懸命に歩いている。
 烈丸の腰に差さっているのは、父親の持っていた烈火刀だ。
 その名の通り、炎の如く赤く染められていた鞘は、暗黒砲の爆発の中で灰色に焼かれ、まるで頑駄無と共にその魂を失ってしまったかのような感覚さえ覚えさせる。
(死ぬのは、早過ぎるぞ、頑駄無よ・・・・・・)
 森の中を歩く精太の耳に、水の流れる音が聞こえてきた。
 音のする方に視線を伸ばすと、広い川原と細い川の流れが見える。
「川か・・・・・・よし、少し休んでいくぞ、お前達」
 精太の提案に烈丸は慌てたように首を横に振る。
「おいらは全然疲れていませんから、休憩なんて、大丈夫です」
「それがしもまだまだ平気です。それよりも一刻も早く予言の場所へ」
 先を急ごうとする二人に精太は一つ溜息をつき、諭すように言う。
「疲れきってから休んでどうする。急ぐ気持ちも分かるが、休むべき時にはしっかりと休むのも大切な事だぞ」
 精太が二人を諭す。
「はい・・・」
 うなだれる烈丸と嵐丸。

「確かにその通り」

「!」

 離れた場所からの声に、三人は身構える。
「だが、疲れてくれた方がこちらとしてもやりやすかったのだがな」
 押さえられた、静かな声であった。
「馬鹿を言え。それでは、つまらぬ」
 もう一つ別の声がする。
 三人の視線の先、立ち並ぶ木々の向こうから人影が二つ、現れる。
翡翠を思わせる深い緑の西洋鎧を着込んだ男、邪悪武者四神将筆頭、逆伐。
そして、真紅の戦装束を纏った男、同じく邪悪武者四神将、勢羅。
「逆伐!勢羅!」
「武化舞可を貰い受けに来たぞ」
 逆伐が兜の奥から喋る。
「何だと?」
「貴様も見た筈だ、あの暗黒砲の光を。この世を闇に包む戦いなど我らの本意では無い。カピターンは我らが討つ」
「ならば、我らと争う理由は無い筈だが?」
「ふん、だがな」
 勢羅は背中のトンファーを掴み、構える。
「貴殿の様に悠長にしている時間は無いのだ、精太殿」
「そういうわけだ」
 逆伐の三本爪の右腕が精太に真っ直ぐ向けられる。
「まとまらぬ話なら戦って決めるだけの事」
 先程までのゆるりとした空気の流れが張り詰めたものに変わっていく。
 精太も腰の剣に手をかけた。
「勢羅」逆伐が勢羅を呼ぶ。
「応」短く返事。

 眩い光が逆伐の爪の間から、弾けた。

「く!妖術か」
 逆伐の放った目が眩む程の光と同時に三人の背後から三つの影が躍り出た。
「ウオオオォー!」
「うわっ!」
 強烈な衝撃が烈丸と嵐丸を吹き飛ばす。
「嵐丸!烈丸!」
「行かせん!」
 二人を追いかけようとする精太に勢羅が襲い掛かる。
「くそっ」
 刃のぶつかり合う音が森に響いた。



 吹き飛ばされ、川原に吹き飛ばされた烈丸と嵐丸が立ち上がると、森の中から二人を襲った三つの影が姿を現した。
 逆伐と良く似た鎧を着てはいるがその大きさが全く違う。
「まだ元気があるみてえだな」
 大柄な、まるで熊が立ち上がったかの如くの体躯を持った男が呟く。
「豹、油断が過ぎたのでは無いですか?」
 長槍を持った細身の女が、大男を咎める。
「まあそう言うな月、奴らも伊達で腰に差してる訳じゃ無えって事だろうよ」
 豹と呼ばれた男が二人を吹き飛ばした大金棒をぐるりと回すと、風圧が嵐丸の顔にぶつかった。
「ま、一人は貧相な獲物みたいだが」
「何!」
 その一言に、嵐丸は声を荒げる。
「烈丸、あのデカいのはそれがしが片付ける!」
 嵐丸が暁の竹刀を構えた。
「威勢が良いガキ共だ・・・・・・」
 巨大な豹の傍らにいた三人目、一番小柄な男はそう呟くと二本の牛刀を構え、他の二人も長槍と大金棒を構える。
「我ら三軍鬼、月、豹、空。逆伐様の命により、武化舞可の覇兜を貰い受ける」
 月の言葉が合図となった。
「空、詰めは任せました」
 お互いが前に走り、激突する。
「着装!」
烈丸は刀を抜くと同時に刀と同じ色に染まった鎧を呼び出し、身に纏う。
 鎧も、父親の形見だ。
「『紅蓮の鎧』ですか。死者はあなたを守ってはくれませんよ!」
「うるさい!」
 月の繰り出す刺突を烈丸は受け止める。
「甘ったれた子供は、嫌いですね」
 月はせめぎ合う刃から柄を回して重心をずらす。
 すると、いとも簡単に烈丸の体勢が崩れ、体が傾く。
 重心を戻そうとする烈丸だが、月はその動きに合わせて刀と組み合ったままの槍を大きく薙ぎ払う。
「うわっ」
 地面を転がされる烈丸。
 大きく二回転して何とか立ち上がる。
「く!」
 刀を構える。

ギィンッ!

立ち上がった瞬間、目の前に空が詰めていた。
疾風のような斬撃に、反応するだけの烈丸はまたも吹き飛ばされる。
「くそう」
 苛立ちを隠せずに烈丸は眼前の月を睨んだ。



 豹の振り上げた金棒の棘が光る。
「フンッ!」
 鉄の塊が唸りを上げ、大地を砕く。
 飛び散った土塊が顔に当たるが嵐丸はそれを無視して大きく踏み込む。
 狙いは脇腹。
「はあっ!」
 気合とともに突き出した竹刀だったが、容易く豹の鎧に弾かれてしまう。
「くう」
「そこらの雑兵なら吹っ飛んだかもしれんが」
 大きく、豹は体を捻る。
「相手が悪かったな!」
 ぐおんと、風を巻き起こす強烈な一撃を、嵐丸は呆然としながらも慌てて飛び上がってかわす。
 しかしその隙を突いて豹の背後から飛び出た空が、その肩を足場に飛び掛って来る。
「しゃっ」
 空中では身動きが取れず、必死で受け止める嵐丸だが、勢いに負け、地面に叩きつけられる。
 叩きつけられたその横には烈丸もいた。
互いに同じぐらい息が上がり、肩が上下している。
「苦戦、してる?」
「ま、まあな」
 烈丸の言葉に嵐丸もさすがに素直に答える。
「大分まずい・・・・・・かも」
「うん」
 嵐丸の弱音に烈丸も素直に頷いた。



 なんだ?戦闘の音?
 この場所、もしや?

 木の上を走る影が一つ、その動きを止めて先を見る。
 
やはり彼等か。
敵は三人。
 キミは向こうに行くのか・・・・・
 と、なれば。

 影は木から飛び降り、大地を走り出す。
「キミには時間を稼いで貰うよ」
 影の両肩、そこに掛けられた巨大な物体が静かに動き出した。


「武化舞可を渡せば、命まではと思いましたが、どうやらその気は無いようですね」
 二人を取り囲むように三軍鬼がゆっくりと動く。
「その心意気だけは見上げたものです」
「だが、そろそろ終わりにー」
 乾いた、枝の折れるような音がした。
「む?」
 音と同時に黒い何かが木々の間から放たれる。
「はっ!」
 月の槍が飛来した何かを貫く。
 小さな爆発音。
「煙幕か!」
 白い煙があっという間に広がり、視界を埋め尽くす。
「くそっ、どこに行きやがった!」
「落ち着きなさい、豹―」
 煙の中に走る影を見つける。
「そこっ!」
「見つけたっ!」

 ガシッ!

「ぬう?」
 月の槍、豹の金棒の手応えが先程までとは全く別の物になっている。
 槍は嵐丸の竹刀に押さえられ、振り下ろされた金棒は烈丸の刀にしっかりと受け止められている。
「ああ?いつの間に変わりやがった」
 驚きながらも豹は烈丸を押し潰そうと力を込める。
 大木の様な金棒に豹の自重が加わり、烈丸の足元の石が弾け飛ぶ。
「オオォ!」
 豹の圧力が増す。
 だが、潰れない。
 文字通り大人と子供、それ以上の体躯の差が二人の間にあるにも関わらず、豹は金棒を振り下ろせない。

「負けるもんか」

 流れを、烈丸が掴んだ。豹が押し切れず、止まった戦いの流れを。
 大きく、烈丸が押し返す。
「はあっ!」
 気迫と共に金棒を弾き上げ、がら空きになった豹の腹目掛けて烈丸が体ごと突っ込む。
 豹の体が強引な体当たりで吹き飛ばされる。
「なんてぇ馬鹿力だ」
 烈丸の力に驚きながらも豹は頭を振って起き上がり、大きく肩で息をする烈丸を睨んだ。


 豹が烈丸の膂力に驚いていたその時、月もまた戸惑いを隠せないでいた。
「このっ!」
「なんの」
 月の槍が空を突く。
 大きく下がった嵐丸に向かって更に踏み込んで槍を振るうが、今度は竹刀に弾かれる。
「百式に比べれば、まだまだだな」
「おのれっ、愚弄するか」
 怒りの篭った月の刺突を嵐丸は斜めに踏み込んでかわす。
「小手っ!」
 痛みが月の右手に走る。
 槍を落とす程では無いが、やり辛い。
「小賢しい真似をしてくれますね」
 力任せでは無く、素早さと技巧の剣。
一撃は弱いが面倒な戦い方をする。
月は相手の言葉に乗せられかけていた自分を恥じながら、素早く周囲に目を配る。
しかし、そこには求めるものは無かった。
煙幕は既に掻き消えている。
「どこへいるのです?空」
返事は無かった。

 空は森の中にいた。
 煙幕の中、飛びかかってきた影に一撃を食らい、追いかけるうちに森に入ったのだ。
 跳びまわる影に空は追いすがる。
「我らを分断したつもりか!」
 三軍鬼の中で一番の俊足を誇る空であったが、それよりも影の速さが勝っている。
 襲いかかる空の斬撃を身軽に飛び跳ね木々を伝ってかわす影。
「その身のこなし、忍びか?」
 ふわりと着地する影に向かって空が叫ぶ。
「ブハハ」高らかに、笑った。
「御明察、拙者の事は、そう、赤の影忍とでも呼んで貰おうか」
 白い布を首に巻き、一つ目の赤い面具を付けた忍びを名乗る影の背丈は空とそう変わらず、まだ子供のそれであった。
「子供が・・・下らぬ」
 空は駆け出し、影に突っ込む。
 自らの間合いに捉えた瞬間、空の両手が閃いた。
 牛刀が幾つもの残像を残して必殺の剣が影に吸い込まれて行く。

 しかし、宙を斬る。

 なんだ?
 空が確かに当たった手ごたえを感じる程の完璧な攻撃だった。
 しかしその感覚だけを残し、透かされた。
「失礼、一言多い性分なものでね」
 全く同じ間合い。
 空の踏み込む前と同じ距離に影は立っていた。
「ちいっ!」
 攻撃の手を休めまいとまた走る空。
「せっかちな御仁だ」
 影の腕が動いたかと思うと空に向かって白刃が飛ぶ。
「ぬ?」
 叩き落そうとしたそれは空では無く、足元の影に刺さった。
 動きが鈍り、視線が僅かに下を向く。
 だがその僅かな時間で影の姿が空の視界から消えた。
「覚悟」
 声は、空の頭上から。
 見上げる。
「うぉぉぉ!」



回転した棍が精太の剣にぶつかり激しく音を立てる。
一撃目を防がれても勢羅は奥足で踏み込み、下から突き上げるように拳を振るう。
「くっ」
 順逆に構えた分だけ射程の伸びた拳を精太は横に大きく跳んでかわす。
「ふむ・・・」
わざわざ大きく距離を取る精太に向かって自らの得物を勢羅は構え直した。
 勢羅の得物は腕に当てれば斬撃を防ぎ、逆手に変えれば棍となる。
やっかいな武器だと精太は思った。
持ち手の下に備わる斧状の刃が更にその得物を危険な物にしている。
「逆伐が気になるか?」
 構えたまま、勢羅が問いかける。
 二人が相対する場所から、やや離れた場所に逆伐が立っている。
「この勝負は一対一だ。手出しはしない事になっている。お互いにな」
「勢羅、勝負は途中だぞ」
 逆伐が勢羅を諌める。
「すまんな、ただ全力で戦いたいだけなのだ」
 勢羅のその言葉を聞いて精太が小さく笑った。
「どうした?」
「敵に心配されるようでは、私も御仕舞いだな」
 自らを笑い飛ばした精太は剣を構えなおす。
 勢羅を見据えたその目は、明確に的を絞った目だった。
「有り難い、ようやく本気で来るか」
 浅く体を沈め、勢羅が走り出そうとしたその時、一人の男が茂みから飛び出す。
 真っ直ぐ、逆伐に向かって。
「逆伐!」勢羅が叫ぶ。
「ぬう?」
「ガァァッ!」
 巨大な衝撃を逆伐が受け止める。
 勢いは止まらず、黒い塊のようになって男は逆伐へと向かっていく。
 大人一人を掴み上げられそうな拳を幾度も逆伐に叩きつける。
 鈍く、金属がぶつかり合う音。
 大きく振り上げた男の右拳と、逆伐の右の鍵爪が激しくせめぎ合っていた。
「凄丸・・・か」
 逆伐は自らを襲った男の顔を見てその正体に気付く。
「きさまヲ、コロシニキタゾ!」
 酷く抑揚の少ない乾いた声。
 凄丸、と呼ばれたその男は歪な姿をしていた。
 体は小さく、烈丸や嵐丸とそう変わらない。
 子供だ。
しかし腕につけた真っ黒な鎧だけが異様に大きく、それが巨大な拳を形作っている。
額から正面に向けて延びた二本の角の間には禍々しい目玉の形をした模様があり、その下の顔も又、睨みつけるような凶相を形作っていた。
「ははヲステタきさまヲユルシハシナイ!」
「復讐というわけか・・・・・・だが」
 逆伐が腕に力を込めて凄丸を押し返す。
「グウッ?」
 拳ごと凄丸は吹き飛ばされ、木にぶつかり止まる。
「鉄肩を使ってその程度か、未熟だな」
 拳を地に付けて立ち上がろうとする凄丸に逆伐は冷たい声で言い放つ。
「鉄肩だと?」
 精太は凄丸の腕を覆う鎧の形状を確かめる。
 それは正に、今は亡き雷凰大将軍の残した武化舞可の鉄肩に他ならず、精太は訝しむ。
「何故この少年が持っている・・・?」

 その時、どん、と地響きがした。

「何だ? 」
直接大地が揺れたような音と振動に、全員の動きが止まる。
勢羅が音のした方を見ると、森の中から多数の鳥が飛び立つのが見えた。



その振動は川原で戦う四人にも届いていた。
それぞれが視線を向けたその先、森の中から何かの気配が近付いてくる。
「ぐあぁっ!」
「空?」
 森の中から地面を転がり空の姿が現れる。
 傷つき、動かけない空を見て豹と月は慌てて駆け寄る。
「く、不味いですね・・・・・・。豹!ここは下がります。空を頼みますよ」
「わ、分かった」
 豹が空を担ぎ上げ、月と共に退却する。
「何だ・・・?」
「とにかく、追おう!」
「う、うむ」
 戸惑う嵐丸に声をかけて烈丸が走り出す。
「誰か、居るのか・・・?」
 嵐丸の問いに答える者はいなかった。



「ウォォ!」
 標的の逆伐にかわされ、凄丸の鉄肩が大地を叩いた。
 大地を砕いた拳も逆伐にはかすりもしていない。
 幾度も全力で拳を放ち過ぎた為か、凄丸の肩は大きく上下し、荒く呼吸をしている。
「限界か」
「ウルサイ!ダマレ!」
 咆える凄丸の顔には汗が浮かぶ。
「逆伐様!」
 三軍鬼が逆伐に駆け寄ってくる。
「どうした?」
「空が、何者かに深手を・・・」
「そうか・・・こちらも、不測の事態だ。今回は退くぞ」
「はっ、申し訳ありません」
 逆伐は凄丸の出現に手を止めていた勢羅を見る。
 すると勢羅は無念そうに得物を背中に収め、大きく下がる。
「また、どこかで闘いたいものだな、精太殿」
「カピターンを討つ為だ、武化舞可はいずれ貰い受けるぞ」
 逆伐が退くのならば、精太にはそれを止めてまで討つ理由は無い。
素早く後退する逆伐達。
「ニガサン!」
「待て!凄丸」
「おれノジャマヲスルナ!」
 静止しようとする精太の声も撥ね付け、凄丸は逆伐を追いかけて森の中へ消えていった。
「鉄肩に、凄丸・・・だと?まさか・・・」
 残された精太は凄丸の言葉等から一つの回答を導き出す。
「おそらく、その通りでしょう」
 藪を掻き分け、空と戦っていた忍びの男が姿を現す。
「そうか、お前か・・・」
「はっ、拙者農丸様の命により、武化舞可を探索しておりました所、凄丸を見つけ、ここまで追いかけて来た次第でございまして」
「そうか・・・すまないな」
「いえいえ、何を仰いますか」
「それにしても・・・」
 謙遜する忍びの男に精太は少し声の調子を落として問う。
「勢羅と凄丸の態度、やはり・・・逆伐とは・・・」
「恐らく、鋭駆主殿ではないかと」
 二人の間に沈んだ空気が流れる。
「あの鋭駆主殿が邪悪武者軍団に身を寄せていたとはな・・・・・・」
「父上ぇー」
 重い空気を飛ばす様な嵐丸の声が聞こえ、二人は声のした方に顔を向けた。
「では、拙者は凄丸を追いかけます」
「うむ」
「精太様、流星が落ちてから、破悪民我夢で何やら動きがあるとの報せも受けております。羅美安薔薇に着いてもお気をつ」
「あれ?隠丸じゃん?」

「ブッ!」

面具の下でつばきを吹き出す。
「な、何の事やら、拙者はその様な者の事は存じぬ」
 烈丸の言葉に精太も目を伏せる。
「何言ってんだ?どこからどう見ても隠丸じゃん」
「烈丸、一応忍びなのだから、察してやれ・・・」
 烈丸は首を傾げる。
「やれやれ・・・」
 隠丸と呼ばれた忍びは観念したとでもいうように頭を振り、赤い面具に手を掛ける。
「烈丸には敵わないね」
 一つ目の面具を外して表れたその、隠丸の顔は多分に幼さを残しており、烈丸に良く似た顔立ちをしていた。
「久しぶり、だね」
「もしや、さっき我々を助けてくれたのは隠丸、お前か?」
 嵐丸が気になっていた事を隠丸に聞く。
「ああ、任務の途中で戦いの音がしたので見てみれば、キミ達がいたのでね。お節介が過ぎたかな」
 二人の相手を入れ替えるように仕組んだ事を気にしているのか、それを誤魔化すように腕を組む。
「お陰で助かったんだからさ、何を気にしてるんだよ」
「ところで、任務の方は良いのか?」
「ああ、そうだった」
 嵐丸の言葉に隠丸は、はたと手を叩く。
「それでは、拙者はこれで」
「うむ」
「そうだ、烈丸」
 駆け出そうとした隠丸が立ち止まり、烈丸を見る。
「叔父上の事は・・・聞いたよ。何と言って良いか分からないけど、あまり落ち込まないでくれよ?」
「うん・・・こんな時に落ち込んでなんかいたら、父上に怒られちゃうよ」
 そう言って烈丸は笑ってみせた。
「強いね・・・・・・キミは。さて、それじゃまた何処かで」
 隠丸は文字通り三人の前から一瞬で姿を消して去っていった。
 そこでようやく、森の中に静寂が訪れた。



 森の中を走りながら、隠丸は一つ目の仮面を取り出す。
 その烈丸と似た顔というのも道理で、烈丸は隠丸の従兄弟に当たる。
隠丸の父である農丸は烈丸の父、頑駄無と双子の兄弟であった。
 一つ目の仮面で顔を隠しながら、隠丸は思う。
 あの軍団最強と呼ばれた叔父が死んだと聞いた時は驚いた。
 そして同時に従兄弟の事も気になったが、あの様子であれば大丈夫だろう。
 それにしても、皮肉な話だ。
 逆伐のおそらく正体であろう鋭駆主は以前刃牙斗衆という戦闘集団に属し、父と共に戦った間柄である。
 しかし数年前、突如裏切り、強大な力を持つ武化舞可の武具の一つを奪い出奔。
奪われたのは自分の肩にも装備されている武化舞可の俊脚と同じ由来を持つ、武化舞可の鉄肩、その所在はようとして知れなかった。
 そして残された子供の名は、凄丸。
 あの、鉄肩を持っていた子供だ。
 捨てられた事で親を憎む凄丸と、あれほど親を慕っていた烈丸。
 にも関わらずその願いは全く逆になってしまっている。
 切ない事だ。
「この方角は・・・破悪民我夢か」
 沈んだ思考を止めて、痕跡を辿り、逆伐達を追いかける隠丸は一人呟いた。




 昇りきった日が傾き始めようかという頃、隠丸は元、天宮の首都、破悪民我夢へと辿り着いた。
 天宮が攻め込まれる前、今よりも幼い頃は何度も来た事のある場所だけに、その変わりようが寂しい。
 暗く寂れた町並みが続き、その裏路地を隠丸は走り抜ける。
「裏死低阿が三隻も・・・?動きがあるとは聞いていたが、何を企んでいる?」
町の中央にそびえ立つ阿怒羅巣城の三方を取り囲む様に移動要塞である裏死低阿が並んでいる。
 守りを固める為ならともかく、今の戦局でわざわざ町の中に保有する三隻全てを並べる理由が無い。
 視界の中で大きくなっていく裏死低阿を見上げながら隠丸は突然立ち止まる。
「随分と物騒な気配だ事で・・・」
「空を倒したのは、お前か」
 見上げた屋根に、胡坐を掻いて座り込んだ勢羅がいた。
 座っていながらも尚、圧力を感じさせる佇まいに、隠丸は大きく下がり、構える。
「違うと言ったら?」
「構わぬよ、あの二人の邪魔をするようなら、ここで止めるだけの事」
 膝を立て、ゆっくりと勢羅は立ち上がり、得物を構える。
「そうか・・・あなたも元々は刃牙斗衆・・・」
「ふん、あいつの正体に気付いたか。どうやら俺もあいつも、闘う事でしか生きられぬ男。だからこそ、道を共にしたのだ」
 屋根から飛び降り、勢羅は隠丸の前に立つ。
 その距離は、逃げるにはまだ遠い。
「ここから先へは行かせん」
「くっ」
 煙幕を叩きつけ、隠丸は全力で下がる。
 広がる煙の中に赤い光。
 真紅の光を放つ目が煙幕の中から見えたその時には、勢羅が距離を詰めていた。
「がっ!」
 振り下ろされた棍に吹き飛ばされる隠丸。
「思い切りは良いが、俺には通じぬ」
 壁に叩きつけられた隠丸に勢羅は歩み寄る。
「ぬっ?」
 叩きつけられた壁には、水桶が落ちているだけであった。
「変わり身だと?」
 手応えは確かにあった。
「無事か?隠丸」
隠丸とは違う男の声が後ろから聞こえ、勢羅は振り向く。
「親父殿・・・」
「天宮の忍び頭も、来ていたか・・・」
 屋根の上、男は脇に抱えていた隠丸を降ろして一歩前に出る。
「凄丸と、逆伐が・・・」
「皆まで言うな、ここは任せて、お前は先に行け」
「はっ」
 駆け出す隠丸を横目で見送ると、男は足元の勢羅を見遣る。
「息子を、随分と信頼しているのだな」
 眼帯で覆われていない左目を細めて男は呟く。
「子を信じぬ親はいないさ」
 左半身は影に溶け込んでしまいそうな黒さ、対して右半身は月光の如く白い、非対称の鎧を身に纏うその男。
 烈火武者頑駄無の双子の弟にして、隠丸の父親。
「隠密忍者農丸、いざ参る」
 農丸は背中の大手裏剣を対大苦無に組み替え、勢羅へ向き直った。



 小山に匹敵する高さを持つ裏死低阿の甲板には、強い風が吹き抜けていた。
 冷たさを感じる程の強風、その中で逆伐と凄丸が向かい合っていた。
  向かい合う二人を見届けるかの様に、離れた場所には三軍鬼もいる。
「ここまで来たからには、覚悟は出来ているという事か」
 凄丸の小さな体は抑えが利かないのか、激しい呼吸と共に大きく体を上下させている。
 睨み付けるその目は更に禍々しく。
 拳が、音を立てて、自らの拳も潰さんばかりに握りこまれる。
 低く唸り声を上げる凄丸の体が前に傾き、足が自然と前に出た。
 また一歩、続けて進む。
 勢いは止まらず、走り出す凄丸。
「来い、凄丸よ」
 剣と長刀を構えて逆伐は凄丸を迎え撃つ。
「ガァァァァ!」
 ガッ!
 ぶつかり合う拳と刃。
 衝撃が音となって響き渡る。

「始まったか・・・」
 裏死低阿を登りきった隠丸は、目の前で繰り広げられる戦いを見て呟く。
「貴様!どうやってここへ!」
 隠丸の姿を見つけた空が負傷した体で叫ぶ。
「落ち着きなさい、空」
 手で空を制して月は隠丸の方を見る。
「そこの忍び、子供と言えどあなたも戦士なら、この戦いの意味が分かる筈です」
 月の言葉に隠丸は肩をすくめる。
「無論、拙者もそれほど野暮ではござらん」
「ならば良いのです。お互いに手出しは無用」
 軽口の様に言って見せた隠丸だが、勢羅に打たれた脇腹の痛みは酷く、今ここで戦える自信は無かった。
 闘う、あの二人を見届ける事しか出来ない。

「ナゼダ!ナゼわれらヲステ、ははヲステタ!」
 言葉と共に拳を叩きつける凄丸。
「ノコサレタものノウケタシウチ、ドレホドツラサダッタカ!」
 凄丸は両手を重ね、鉄槌を叩きつける。
 全身を使って打ち込まれた拳は無情にも逆伐の剣に受け止められ、体ごと弾かれた。
「つまらん」
 床に這わされた凄丸に向かって逆伐が言い放つ。
 たった一言だけを逆伐は凄丸の叫びへの答にする。
「ツマラナイ・・・・・・ダト?」
 弾き飛ばされた凄丸の目が、怒りに染まる。
「きさまニ!きさまニナニガワカル!」
 立ち上がり、凄丸は拳を握る。
「ヴオオオ!」
 咆哮を上げ、凄丸は逆伐へと突っ込む。
「ふん」
 逆伐もまた、剣と長刀を十字に構え、凄丸へと突っ込んで行く。
「ガアッ!」

 ギイイッン!

 凄丸の体が、宙に浮いた。
「凄丸!」
 拳を弾かれ、がら空きとなった凄丸の体に、打ち込まれた斬撃の痕が斜めに刻まれている。
 隠丸が叫んだのと同時に、凄丸の体が甲板に叩きつけられた。



「しゃあっ!」
 勢羅の拳が農丸の対大苦無を叩く。
 反撃の暇を与えぬように続けざまに拳を繰り出すが、農丸は前後に広がる刃を利用し、受けると同時に逆の刃で斬り返す。
「くっ」
 勢羅は棍で受けるが、重量のある一撃に、踏ん張った足が止まる。
 重心のかかった勢羅の足を農丸が蹴り払う。
「ぬっ」
 背中から崩れる事は勢羅は避けるが、体制を崩して片膝を付く。
「はっ!」
 そこへ、狙い済ました農丸の対大苦無が振り下ろされる。
 逃げ場が無い。
勢羅は、咄嗟に自分から前に飛び出た。
 低い姿勢からの体当たりは斬撃を紙一重でかわして農丸にぶち当たる。
 もつれ合う様に倒れた二人は素早く距離を取り、立ち上がる。
 再び、向かい合う二人は、異変に気付く。
 地面が、揺れているのだ。
「地震か?」
 視線は外さずに農丸が呟く。
 突如、大地が割れた。
「ぬう?」
 ひび割れはそのまま盛り上がり、大地は二人を巻き込み、高く、噴き上がった。
「うおおお!」
 周囲の建物全てを巻き込む圧倒的な力が町ごと大地を突き上げていく。
 空中で動きもままならぬ中、勢羅は農丸を見失った事に気付く。
「どこに行った?」
 土砂と瓦礫が空中を舞う中に必死で影を探す。
「くっ」
 勢羅は体を制御しようと近くの土壁を掴み、体を寄せる。
 高く登りきった瓦礫の勢いが薄れ、下降に転じようとしたその時、強烈な気配が壁越しに伝わった。
「なんだと?」
 瓦礫が、内側から砕けた。
大削岩機を構えた農丸が更に中から躍り出る。
「ちいっ!」
 瓦礫を蹴り、勢羅が離れようとする。
「逃がさん!」
 農丸の投げた鎖分銅が勢羅の腕に絡まり、引き止められる。
 農丸も瓦礫を蹴り、跳んだ。
 武器を前に出して盾にする勢羅。
 それすら砕いて、体をたわませて放った農丸の大削岩機が勢羅に叩きつけられた。




 異変は裏死低阿の甲板にも伝わっていた。
 振動が伝わり、大地が割れて行くのが三軍鬼達にも見える。
「何だあ?」
 豹が驚いた声を上げる。
吹き上がった土煙を掻き分け、巨大な爪が姿を現していた。
それは真っ直ぐ裏死低阿に向かって伸びて行く。
「いかん、散れっ!」
 指示を出した逆伐の目に、倒れた凄丸に駆け寄る隠丸の姿が映った。
 その光景を一瞥すると、逆伐もまた、三軍鬼と共に裏死低阿から離れるべく走り出す。
凄丸を担ぎ上げ、隠丸は立ち上がる。
「傷に、堪えるね」
 脇腹を押さえながら隠丸は急いでその場から逃げ出した。



「ぐうっ?」
 痛みに勢羅が目を覚ますと、そこには農丸が立っていた。
「目が覚めたようだな」
 勢羅は体を動かそうとするが、傷の痛みと痺れが体を支配し、腕を動かすのが精一杯だった。
 酷く辺りが薄暗い。
 粉塵が天高く舞い上がり、日の光を遮っているせいだとしばらくして気付く。
「聞きたい事がある。あれは一体、何なのだ?」
「こちらが聞きたいくらいだ。何が起こった?」
「恐らくだが・・・・・・阿怒羅巣城の下にいた何かが現れ、裏死低阿を車にして南西へ移動を始めた」
「皆目見当が付かんな」
「そうか」
 農丸は勢羅を残して歩き出す。
「悪いが怪我は、自分で手当てをしてくれ」
「お優しい事だ・・・・・・」
 勢羅は痛む体を起こして農丸に問いかける。
「子を信じぬ親はいないと言ったな?」
「うむ」
「恐らく、その通りなのだろうな」
 どこか達観したような勢羅の言葉。
 それだけ言って勢羅はまた横になる。
 その言葉は自分に向けられた物では無いような気がして、農丸は何も言わずにそのまま歩き出す。
「師と弟子は親子も同然、か・・・」
 出来の悪い弟子であった凄丸を思い出し、小さく勢羅は笑った。



 裏死低阿の巻き起こした土煙の中、隠丸は背負っていた凄丸を地面に降ろす。
 傷になった面は広いが、鉄肩のお蔭か、深さは無い。
 情け容赦無い逆伐の剣筋に、隠丸はむしろ歪な物を感じる。
 闇に囚われた訳では無い者が、どうしてここまで非情になれるのか。
 非情ならば何故凄丸に鉄肩を託したのか。
闘う事でしか生きられぬと勢羅は言った。
 そしてまた逆伐も同じだと。
 どうしてそこまで闘う事のみに拘るのか。
 拘る、では何か違う気がする。
 では、何だろうか。
 闘う事でしか生きられぬ。
 それは、もしや、裏を返せば。
 ならば、この鉄肩の意味も。
「グッ・・・」
 凄丸が小さく呻き声を上げて目を覚ます。
「目が覚めたかい」
「きさまハ・・・アークノシノビカ?」
「その通り。武化舞可を集める為にキミを探していたんだよ」
「ナゼ、オレヲタスケタ・・・・・・武化舞可ガホシケレバ、オレハジャマモノダロウ」
「さてねえ・・・・・・ちなみにその鉄肩、逆伐から送られた物と見受けるが?」
「ソレガ、ドウシタ?」
 勝手な推論だが、外れでは無い筈だ・・・。
「見てはいられないと思ってね。見ていればキミは逆伐に問い詰めてばかりで、先ず自分が答えようとしていない」
 隠丸の話は要領を得ない。
「ドウイウ・・・・・・?」
「逆伐からの言葉はキミが気付いてないだけかもしれない。拙者の勝手な思い込みだがね」
 そう言うと、隠丸は大きく飛び下がった。
 隠丸の視線の先、土煙の向こうから、逆伐が二人の前に姿を現す。
 そしてまた無言で、剣を抜き、長刀を構える。
 凄丸もまた拳を構えるが、隠丸の言葉が気になるのか、先刻までの荒々しさが鳴りを潜めている。
 走る逆伐の斬撃を受け止める凄丸。
 傷口が開き、血が流れる。


 
痛みが、引かない。
 体を斜めに走る傷が痛みを常に送り込んで来る。
 これだけの事で俺の体は動かなくなるのか。
 拳も足も重い。
 体が、全てが重い。
 何故俺はこうまでして闘うのか。
 この男が憎いからだ。
 だから、倒して。
 倒して。
 倒せば気が晴れるのか。
 それだけでは、無い。
 何故、俺を、母を捨てた。
 その答えを。


「む?」
 攻める逆伐の前で、凄丸がその動きを止めた。
 最早、闘う力さえも途切れたか。
 終わらせる為、逆伐が刃を振るう。


 そうか、答えはあったのだな。
 貴様の言う通りだ。
 刃が近付いて来る。
 何一つ容赦の無い一撃が。
 食らえば恐らくは。
 だからこそ分かる。
 その刃に込められた意味が。
 闘う事しか出来ない。
 ただ、闘う事しか。
 ただそれだけしか出来ない。
 闘いを通してしか、生きているという事実を確かめられない。
 鉄肩が、答え。
 闘えという。
 刃がもう刺さる。
 刺さった。


 拳が。
 凄丸の拳が、逆伐を撃ち抜いた。


 凄丸の鬼の形相を作っていた面に、剣が刺さっている。
 その刃は面を貫き、浅く、額にまで埋まっていた。
 乾いた音を立てて面が割れ、刃が額から落ちると一条の血が凄丸の顔に流れる。
 凄丸の息が荒い。
 呆然とした顔で逆伐を撃ち抜いた己の拳を見つめる。
「逆伐様!」
 地面に倒れた逆伐に駆け寄る三軍鬼。
「親父!」
 凄丸も駆け寄り、逆伐を抱き抱える。
 逆伐の兜もひび割れ、中の鋭駆主としての素顔が露になる。
 その吐息は弱く、青ざめた顔色が全てを物語っていた。
「すまなかったな・・・・・・」
「そんな事を言うな!親父!」
 凄丸の目に涙が浮かぶ。
 鋭駆主は何を感じたのか。
 最後はその目に凄丸を映しながら、小さく、微かに笑い、その生を終わらせた。




隠丸達は後に分かった事だが、南西に向かったアドラステアは烈火大鋼に打ち砕かれ、更にそこから現れた闇邪神も、光の力を得た烈丸に依って打ち倒されたという。
邪悪武者軍団と天宮の戦いは、終わりを告げた。
そこから僅か数日。
凄丸と勢羅、そして三軍鬼はまた修行をやり直すため、早々に姿を消していた。
 随分と寂しい気もしたが、それもまた凄丸らしいと思い隠丸も納得した。
 復活した頑駄無が大将軍に出世し、新たな治世が始まり、ゆるやかだか、天宮はその平和な国を取り戻そうとしていた。





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