第九章

 灰色の雲が流れる天高くに、ゲルフィニートは居た。
 風が唸り、その身を叩くが、微動だにしない。
「喰われねば、分からぬか」
押し込めた声で呟くと、螺触麗死悪と繋がる猩猩緋の外套が震え、触手へと伝わる。
 ぐわりと焔組を包むように触手が動く。
 焔組の正面全てを埋め尽くす、数え切れぬ程の牙。
 まるで壁のように広がると、一斉に襲いかかる。
「磨駆参、轟転身です」
「おうっ!」
 掛け声と共に勢いを殺さず磨駆参は黒犀形体へと転身し、その背に阿吽修羅が噴射機を使って飛び乗る。
「行きますよ」
 大豪腕のごろんとした指先の火砲が正面に向けられた。
 その動きに合わせるように磨駆参の持つ砲塔が照準を調整。
 阿吽修羅の両肩の機械仕掛けの顎が光り、閃光が放たれる。
 同期して磨駆参から放たれた火閃が視界を覆いつくす壁に爆発を生む。
 途切れる事の無い轟音と爆発。
 燃え上がる炎を突き破り、焔組に迫る触手。
 そこに詰めるのは絶突、琥狼主、隠丸。
 琥狼主の拳が、隠丸の打突が螺触麗死悪の先鞭を貫く。
「はあっ!」
 絶突の剣がその根元を断ち切ると、北天から新たな一郡が迫る。
 それを迎え撃つ、江須と玖珠壱。
 閃光が瞬き、次々と落とされていく触手の群れ。
 その奥で、ぐるりと黒い波が渦を巻いた。
 竜巻のように立ち上ると、その中心を焔組に向ける。
 幾本もの触手が集まり、作られた、巨大な蚯蚓のような威容。
 その先端が発光を始める。
 光が放たれたようとしたその瞬間、真下からの衝撃がその口を押し潰した。
 出口を無くし、爆発を起こす集合体。
「たぁーまやーって所かしら」
 事もなげに呟きながら、爆発を見上げる瑠椎生の右腕に備わるのは、発射寸前の口を殴り飛ばした波浮板。
 それでもまだ動こうとした触手の渦に、式符が張り付く。
「急々如来令、発雷、勅!」
 呪を唱え終えた葵麗駆主の正面に浮かぶ式符の文字が赤く光ると、もう一枚の式符も同じく光り出し、

 ガゥンッ!

 と破裂音を立てて横一文字に走った雷が触手を貫く。  
「止まるなよ、奴に辿り着くまでは!」
 間隙無く襲い掛かる螺触麗死悪の触手を前に絶突が叫んだ。
 

 
 豹の村正無頼星が死霊の兵を叩き潰し、先刻まで人であった肉塊は動きを止める。
「くそっ、切りが無えぞ」
「弱音を吐けるなら、まだ大丈夫でしょう」
 豹の愚痴を素気無く返すと月は死霊を飛出槍で薙ぎ倒す。
「首を狙え! 手足を落としたくらいで安心するな!」
 空は叫ぶと手近な敵の肩に乗り、両の牛刀を首に突き立てる。
 そして全力で捻りあげ、千切り落とす。
「ぬうっ」
 崩れ落ちる体から跳躍して離れた空が低く呻いた。
 その視界には、わらわらと、スカル達目指して黒須暴隠島の地平に広がる悪鬼死霊の群れが写っていた。
 中には裏死低阿との初戦で生まれた死体さえ含まれていた。
 ずるずると千切れた部位から肉を引きずり迫る来る敵の姿に、空は嫌な汗が自らの背中に浮かんだのが分かった。
 それでも目の前の敵を何とかするしか出来ない。
「なんだ……?」
 目の前の敵を倒したスカルは怪訝な顔をすると、戦乱の切れ目から見えた先にその視線を向けた。


 蘇り、動き始める死体の数々。
 その中には巨人兵デストロイの死骸も含まれる。
 小山のような体が数度痙攣すると、動き出す。
「う、うわっ」
 その範囲は留まる所を知らず、率いるカラミティが倒れた事で取り残された形となった帝国軍の砲撃部隊の場所までも、死体が生物にあらぬ奇怪な動きをしながら起き上がり始めた。
 起き上がれぬものは腕を使い這いずりながらその顔を上げる。
 光の無い、濁った眼が見るのは、かつて仲間だった者。
「ひっ」
 砲手ダガーが怯えた声をあげて下がろうとしたが、突然足首が掴まれた。
「うわあっ」
 死体に異様な力で引き回され、大地に倒れる。
 周囲の仲間も同様に襲われ、身動きが取れない。
 死の恐怖に掠れた音だけが喉を鳴らし、ダガーが死を覚悟をしたその時であった。

 バスッ!

 足を掴む死霊の兵の頭が吹き飛び、血煙が舞う。
 動きを止める死霊。
「うおおっ」
 勢いよく突撃したイージスのランスが地を這う死霊共を吹き飛ばす。
「あ、あんた達は」
 呆然とするダガーの前で剣が振り下ろされ、残る死霊が断ち切られた。
「無事ですか」
 硝煙の揺れる銃を降ろし、インパルスが声をかける。
 慌てて男は頷く。
 振り下ろされた剣の血を振り払い、ストライクが叫ぶ。
「こんな所で……死んでどうなるというのだッ」
 その背後では裏死低阿との戦闘で捕虜となっていた兵士達が死霊相手に奮戦していた。
「良いか、己が為に戦え! もう戦うべき相手、守るべきものを見誤るな!」
 包帯の残る傷ついた体で、ストライクが声を張り上げる。
 自分は見失った、騎士の守るべき物。
 ならばこそ、取り戻さなくては行けない。
 今度こそ。



「大局の読めぬ者が……」
 吐き捨てた言葉と共に、ゲルフィニートの螺触麗死悪と繋がる手が持ち上げられ、口元が小さく動く。
「愚かであったと、屍となって気付け」
 その声が契機となり、張り詰めた魔の気は、益々強く、島に、世界に満ち溢れていく。
 大地に転がる叩き潰された動かぬ筈の肉塊。
 その表面が波打ち、ぬるりと動きだした。
 


 風が、変わった……?
 激しい触手の猛攻の最中、重苦しい大気の渦巻く空を見上げた葵麗駆主は確かにそれを感じた。
 僅かな変化。
 そこに意識が向いた刹那、葵麗駆主は式符をばら撒く。
「くっ」
 閃光がそこに直撃し、拡散していく。
 葵麗駆主は視線を戻し、目を細める。。
 螺触麗死悪の先鞭が作る壁を突き破った大穴の向こうに、鮮血の色をした巨大な花びらが一枚浮かんでいた。
 本体から触手によって伸ばされた螺触麗死悪の華弁が大口を開けて放った閃光の余韻が周囲の大気を揺らす。
 その数は一つでは無い。
 残る四枚も焔組を囲むようにその身を乗り出し、深海に住む魚のような顔を向ける。
「大した植物だな」
 口の中に溜まった血を吐き捨てると華弁を見上げ琥狼主が呟く。
「呑気な事を言ってる場合か。来るぞ!」
 絶突が叫ぶと同時にその場から離れる。
 華弁から放たれる閃光。
 弾けた光が雨となり、はやそれは濁流の勢いで降り注ぐ。
「ぬううっ」
 膨大な熱量で大気が歪み、目が眩む。
 衝撃が大地を砕くと土砂が舞う。
「最早全能たる我等に逆らう貴様達には蜘蛛の糸程の希望も無いと知れ!」
 ゲルフィートの動かした腕の軌跡がラフレシアの華弁と重なる。
「ひれ伏せ。闇も光も、全てだ!」
 閃光が、同時に放たれた。
 



 側面からストライク達が攻め込んだ事で、どうにかスカル達も体勢を立て直す。
「貴様ッ、どういうつもりだ」
 そんな中、テスタメントの怒声が響く。
「裁きなら後で幾らでも受けよう。だが! 今この時だけで構わん、奴と戦わせてくれ!」
「くっ」
 ストライクの言葉からは、その事だけを切に願う強い信念が伝わり、テスタメントも真正面から受け止めざるをえない。
「迷ってる暇はねえぞ、テスタメント」
「領主」
「誰が断れるものかよ」
 笑うスカルの視線の先で嵐の如く暴れまわる存在に吹き飛ばされる兵士達の姿があった。
「あれは!?」
 四足の獣。
 てらてらと光る表面。
 毛皮は無い。
 その体全てが、死体の寄せ集まった骨と筋。
 地面を踏みしめる度に赤い筋が伸縮し、波打つ。
 他の死霊と同じく、濁り、虚ろな目が光る。
 デストロイに匹敵する巨体が跳ねると、振り回した前足が兵士を弾き飛ばし、桁違いの膂力がスカル達の陣形を切り崩す。
「負傷した者は下がれッ、奴の相手はこっちが引き受けた!」
 スカルの声に反応し、獣が頭を巡らせる。
 その濁った眼がスカルと、テスタメントと、ストライクそれぞれの視線と重なり、ぶつかる。
「三つ首、地獄の門番とでも言うつもりかッ……」
 テスタメントの吐き捨てた言葉の通り、地獄の門番であるケルベロスの如く、獣と化した三つの頭が胴体から突き出し、スカル達を睨み付けていた。
 それぞれの口から溢れ出る息は白く、腐臭が熱を持ってストライクの顔に届く。
「獣に変えられ、そしてまだ捨石にされるか」
 その三つ首にレイダー、カラミティ、フォビドゥンの面影を残すケルベルスの威容を見上げ、ストライクは己が末路であったかもしれない相手に剣を構えた。
 口の奥が赤く染まる。
「かわせ!」
 イージスの叫びと共に男達はその場から飛び退く。
 竜巻のような火炎がケルベロスの口から放たれ、土肌を焼いた。

 
  
 鮮血が宙を舞う。
 胸に衝撃をくらった烈弩の体が後ろに吹き飛ぶ。
 鎧の右胸が砕け、その下から血が流れ出た。
 しかし烈弩はすんでの所で踏みとどまり、倒れない。
 いかな力を持とうとも、使うのは同じ人間。
 放つ間、呼吸、そこを読み取ろうと烈弩はあがく。
 遠い間合いからナイアーの魔槍が振り上げられると、烈弩が右に動いた。
 空気が弾けたような音が烈弩の立っていた場所で鳴り、衝撃波が生まれる。
 また烈弩は吹き飛ばされるが、今度は衝撃が掠めただけに終わる。
 空間を、弾けさせているのか、力を飛ばしているのか。異界を取り込んだナイアーの新たな動きに何とか烈弩は食いついていく。
「避けるだけで、精一杯のようだな」
「かもしれん、な」
 刀を右に流して構え、ナイアーに烈弩は向き直る。
「ふん」
 そんな状況で、烈弩は笑った。
「気でも触れたか」
「結局手前は力が欲しいだけだ」
 黒硝子の向こう、ナイアーの表情は見えない。
「それがどうした、力無くば、国は守れぬ」
 ナイアーの言葉に、口元だけで烈弩は笑った。
「民を守るの間違いだろうが」
「戯言だ」
「それでもあんたが守れるのは、自分だけなんだろうがな」
 淡々と、ナイアーを否定する烈弩の言葉が闇の空に響く。
「黙れっ!」
 魔槍を構え、躊躇無くナイアーが踏み込む。
 一瞬で詰まる間合い。
 神速の刺突が迫り来る。
 だが、烈弩の刀が僅かに速い。
 切り上げた菊一文字がするすると、ナイアーに届く。

 否、違うッ。

 咄嗟に烈弩は体を前に投げ出し、刀を背中に。
 そして鋼がぶつかり合う音。
「悪いな、侮ってた」
 烈弩の背後から突き出された穂先が、かろうじて菊一文字の峰で防がれていた。  
 言葉とは裏腹に、動揺した様子を見せずに烈弩が呟いた。
 寸前まで、いや、確かに、今の今までそこに居た筈のナイアーが、今は烈弩の背に槍を突きつけている。
 その先端が揺らいだ。
 空間が、弾ける。
「がっ」
 直接叩き込まれた衝撃波からは逃れきれず、烈弩の右の肩鎧がごっそりと吹き飛び、兜も縁が大きく抉り取られた。
 それでも倒れそうになる体を捻り、背後に現れたナイアーへ正対する。


 三つ首の屍獣の咆哮がスカル達の鼓膜を叩いた。
 銃弾の打ち込まれた肉、刃が切り裂いた皮が見る間に閉じていく。
 幾多の攻撃を受けた筈の体躯は一切の痕跡さえ残さず、それを見たスカルは苦々しげに舌打ちした。


 焔組の足を止めた触手ごと薙ぎ払うように閃光が放たれた。
 それを何とか葵麗駆主と玖珠壱が術で防ぎ、他の者は迫り来る触手を押し留め、その場に踏みとどまる。
 まだ焔組の勢いはラフレシアには届かない。
 だが進行の止まった焔組を包囲する動きは素早く、触手の波が一斉に襲いかかろうと蠢いていた。


「どう足掻こうが、無駄な事だ」
 ナイアーが向けた穂先は微動だにする事なく烈弩を捉える。
 衝撃だけでなく、自らを跳ばしたか?
 烈弩はナイアーの動きをそう判断すると、口元に垂れた血を拭い、刀を掴む。
 最早間合いさえも意味を成さない、ナイアーの動き。
 魔槍から溢れる青白い粒子の勢いが一段と増していき、その色が不意に赤く変じた。
 ナイアーの体から溢れ出る圧力が更に増し、赤い粒子が全身を包む。
「当てる事も出来なくなったぞ」
 事実を確認するかのように、淡々とナイアーが告げる。
 例えその言葉が慢心からのものであったとしても、今やその力は大地を裂き、宙さえ容易く越える。
 そして目の前に立ち塞がる全て、あるいは己以外の全ての存在を捻じ伏せようとする。
 それは最早、強さという言葉で計りきれるものでは無い。
 兇変、厄災、天変地異の類。
 だがそのような存在を前にして、烈弩は力を抜き、刀を構える。
 だらりと、最前よりも更に力を抜く。
「なに、斬ればそれで終わりだ」
 ただ、はっきりとそれだけ烈弩は口にした。
 後は消し去るだけ、と魔槍を後ろに下げ腰溜めに構えたナイアーの動きが止まる。
 敗北など有り得ぬこの状況。
 しかしそれでもナイアーは前に出る事をやめた。
 背中に走る恐怖。
 微かに覚えたその感情に従い、ナイアーは槍を構えた右腕を、歩み始めようとした一足目の動きを遮る。
 その判断は、誤りではない。
 恐怖というものに麻痺してしまえば、正常な思考を鈍らせる。
 いかな優勢な状況になろうとも、ナイアーは冷静であった。
 だが、確かにその場の動きが、その瞬間、止まった。




 突然何かに気付いたように葵麗駆主は天を見上げる。
 その瞳がすっと開かれた。
 はや臨界点をとうに超えた濃密な魔界の風の中、葵麗駆主は螺触麗死悪を見据えた。
 仕掛けるなら、今。
「玖珠壱、結界を。この場を裏返します!」
 葵麗駆主が舞のように正面で印を切り、呪を唱えると、八卦太極図が螺触麗死悪の足下に描かれる。
「何っ」
「螺触麗死悪を捕縛します」
 大気を吸い込んでいた穴が結界に阻まれ、螺触麗死悪が苦しみだす。
 昨夜の内に仕掛けた陣が螺触麗死悪の動きを縫い取った。
 それが長くは持たない事は承知の上。
「焔組、姫を中心に陣形を組め。八紘の陣だ!」
 絶突の声が高らかに響く。
「これで勝負を決める。あなた達の命、預からせて貰います!」
「はっ!」
 琥狼主。
 隠丸。
 絶突。
 江須。
 玖珠壱。
 阿吽修羅。
 斎胡磨駆参。
 瑠椎生。
 焔組が空に舞う葵麗駆主を囲み、輪を作る。
「天装招来!」
 高々と棍を突き上げた玖珠壱の声と共に真白の光が焔組を包み、九人の鎧が白銀に染まる。
「天界に座す武人よ。我が罪を許し、天上の力を降臨せしめたまえ!」
 八人の作る輪が光で繋がり、中心の葵麗駆主へ伸びる。
「くうっ、何をしている!」
 結界に阻まれ動きの取れないゲルフィニートは、その光の輝きを直視する事さえままならない。

「ふん」
 ナイアーが動いた。
 魔槍を回し、真下に突き落とす。
 その力が放たれる直前、その穂先を菊一文字が弾いた。
 何も無い空で衝撃が破裂する。
「目を離してんじゃねえよ」
「うぬ」
 ナイアーの仮面の下の表情に見えるのは焦りか。
 黒硝子を睨み、烈弩は静かに吼えた。
 

「抜刀!」
 絶突の声に九人は剣を抜き、高々と掲げる。
 光の力が中心の葵麗駆主に集まっていく。
 ここが、勝負の場所。
 葵麗駆主が大目牙=楼円倶凛を引き出す。
「姫、何を?」
 玖珠壱の声を無視し、砲身の制御に全神経を注ぐ。
 膨大な光が集積して、力を成していくのが分かる。
 その指向性をまとめ、束ねていく。
 砲身が震え、暴れだしそうだ。
 内部の圧力が増し、力が臨界を迎える。
 あの男は、兄上に任せました。
 葵麗駆主は砲塔を真上に向けた。

 強い光が闇を破り、閃光が天を突いた。





 霧の向こうに光が上って行くのがストライク達にも見えた。
 まるで、雷が大地から天に登って行くような。
 まばゆい光。
「何だ?」
 数瞬の後、インパルスの目が、上空に赤い光を捉えた。
 微かな光は、突然その勢いを増す。
 その光は炎。
 霧を飲み込み広がるその速度は凄まじく一瞬でストライクまで炎が伸びる。
「くっ」
 思わず腕で顔をかばうが、視界の全ては炎に彩られ、他に何も見えなくなる。
 火炎の大口が島を一瞬で飲み込んだ。
 しかし炎に包まれた筈の男達の顔が当惑に変わる。
 何故かその炎は熱さを感じない。
 温かみさえ感じる炎の波。
 驚くストライク達の前で死霊の兵士達だけが燃え上がり、消えていく。
 
 視界を包む炎の勢いは、海原を走り、一瞬で全ての闇を光で消し去る。
 見渡す限り、地平の果てまで火球が広がり、天高く全てを覆う。
「これは……」
 影舞乱夢の兵達が、眩い空を思わず見上げる。
 東の空に立ち上る火柱。
「何が……起こった」
 誰もが黒須暴隠島の方角を見た。
 そして時を同じくして赤流火穏、天宮でも、炎が闇を焼き尽くす光景に兵士達はただ呆然と空を見上げていた。
 光溢れる中、空を見上げ烈火武者大将軍は満足げに口元を緩め、笑った。
「この力は……」
 その傍らで将頑駄無精太は、驚きとどこか懐かしいものを見たような声をあげる。
 闇を払いのけたこの力には覚えがある。
 十年前の戦の折に感じた力。
 その時の力の主は烈弩。
「刀が……届いたのか……」



 残り火が周囲に舞い、ちりちりと音をたてながら風に乗り消え去っていく。
 炎を外套で防いだナイアーは正面にいた筈の烈弩を見た。
 ミネルバは、光に焼かれて大地に落ちながら消滅していく。
 炎の影響か、天が、宙が、その全てが眩く輝き、辺りは微かに火の粉が飛び交う。
 光の空間に、その男はいた。
 白金の鎧を全身に纏い、やや形は変わったが、菊一文字を持つ男。
「全く、葵麗駆主め、無茶な事をしやがって」
 苦々しげな呟き。
 真白に染まる鎧は染み一つ無く、玻璃の様な深い輝きを見せる。
「それが、天宮の大将軍の姿という事か……」
「ああ、これで終わらせる」
 菊一文字を右に流して構えると、鎧の継ぎ目、その下から炎が溢れ出す。 
 紅蓮の焔を白銀の鎧の上に纏い、左右に伸びる鍬形の中央から突き出す、得物をそのまま形にしたような真っ直ぐな角。
 その姿は、神々しくさえある。
 白閃角大将軍烈弩(ビャクセンカクダイショウグン レッド)。
 それが烈弩の、光の力を宿した新たな名前。
 ナイアーが魔槍を構える。
 決着を付けるべく、二人は向き合った。



 螺触麗死悪が結界を破り、焔組へと触手を伸ばそうとするが、鋭い斬撃がそれを阻む。
「ゲルフィニート。この戦い、最早あなたの思い描いた物にはさせません。螺触麗死悪と共に、魔に戻りなさい」
 葵麗駆主が凛とした声で言い放つ。
 八紘の陣の力を受け、その姿もまた、烈弩と同じく新しいものへと転じていた。
 『天魔覆滅』藍染薄瑠璃の陣。
 その体を包む衣は、絹よりも薄く滑らかな瑠璃を幾重にも重ねたような光沢を見せ、相対する者全てを寄せ付けぬ威風を放つ。
 背中の青い髪を揺らしながら、手に持つ両刃の大剣『叢雲』が螺触麗死悪に向けられた。
 その脚に纏う羽衣が風を受け広がる。
「ええい、足掻くな!」
 ゲルフィニートは怒りに螺触麗死悪の華弁を震わせ、触手を伸ばす。
 空を覆い、大地を埋め尽くし、焔組へと殺到する。
 波打つ触手の群れ。
 大きく広がり、飛び掛る直前、閃光が貫いた。
 放たれた大筒。
 撃ち洩らしを捻り潰す拳。
 刃が翻る。
「仕切り直しだ」 
 そう言い放つと、絶突は腰を深く落として剣を下段に構えた。



 紅の光を見せる渦が魔槍の先から何も無い空間に消えると、一瞬で烈弩の目の前に歪みとなって現る。
 大きく後ろに飛び退くと、その場所が大きな破裂音と共に弾ける。
 間合いを無視したナイアーの攻撃をかわした烈弩の目に映るのは、大きく振りかぶられた槍。
 その先に纏わり着く幾つもの力の流れ。
 見えるのなら、かわせる。
 簡潔にそれだけを烈弩が思考すると同時に槍が振り下ろされ、烈弩は動いた。
 前に出ると同時に、背中で弾けるナイアーの攻撃。
 間断を置かずに放たれた力はいずれも全て烈弩にかわされる。
 そして轟く大音。
 烈弩が踏み込み一気に詰まる間合い。
 朱の光が閃く。
 そこで烈弩が踏み止まった。
 その眼前で捩れる空間。
 弾ける力。
 菊一文字が走る。
 ぶつかり合う互いの得物。
 衝撃を薙ぎ払い、振り抜かれた刃が魔槍と組み合う。
 力を込め、烈弩が前に出るとナイアーが大きく下がり、再び魔槍を振るう。
 押し包むように、渦を巻き、空を飲み込む力。
 続け様に放たれる衝撃に天が揺れる。
 ゆらめく烈弩の視界からナイアーの姿が掻き消えた。
 それと同時に朱の光が左目の端に映る。
 反応した時にはもう、そこにナイアーが居た。
 体ごと巻き込むように魔槍を構え、振り抜こうとする。
 烈弩の動きが僅かに遅れた。
 逡巡する烈弩に必殺の勢いで叩きつけられる刃。
 ふっと、虚空にその姿が消えた。
 鈍い音をたて、左から来る筈の鋭く重たい一撃を右に構えた菊一文字が受け止めていた。
「貴様は不要なのだ、この新しい世界には!」
「お互い様だな、気が合うじゃねえか」
 ナイアーの絡め手を烈弩が凌ぎ、相対する二人の視線がぶつかった。




 三つ首の屍獣の突撃にスカル達が吹き飛ばされる。
 それでも体勢を立て直し、暴れる屍獣の動きから逃れる。。
「くそっ、しぶとい」
 イージスが思わず呟く。
 烈弩の放った炎で焼けた表皮からは、ぶすぶすと黒い煙が立ち上るが、その動きに衰えは無い。
「何とか、動きを止められれば……」
「奴を倒す手があるのか?」
 インパルスの言葉にテスタメントが振り向く。
 鋭く睨む、その視線を真っ向から受け止め、短く、
「あります」
 と答えた。
「分かった、ならば奴の足を止めてやる」
 既に目線は屍獣の巨体へ向かう。
 テスタメントの右腕の盾が音をたてて形を変えた。
 前面に猛禽類のそれに似た爪が広がると、それを前方に構える。
「しくじるなよ」
 大地を踏みしめ、一気に突進。
 躊躇いも無く敵の間合いに飛び込んでいく。
「俺達も行くぞ!」
「ああ!」
 一拍遅れてイージスとストライクもテスタメントの後に続く。
「おおおっ」
 噴射機を使い、気合と共に更に加速したテスタメントが拳を振り上げる。
 体を捻り上げ、勢いをつけ、全身を撓らせ、叩きつけるように、その顔面を殴った。
 ごぎん、とテスタメントの右腕が不快な音がする。
 折れたか。
 それでも怯むことなく押し込んだ拳が弾かれ、体ごと吹き飛ばされる。
 しかし相手も只では済まない。
 衝撃にたたらを踏み、体勢が崩れる。それと同時にインパルスは屍獣の前に位置取り、背面から弾丸を取り出し、ライフルに込める。
 インパルスを睨む、三つの首。
 その内二つ、レイダーとカラミティの顔が、突然大きく見開かれた。
 ずぶりと、ストライクの剣とイージスのランスが顎から喉にかけて深く突き刺る。
 照準を合わせ、息を吸い込んだインパルスの指が、引き金を引く。
 篭った破裂音、飛び散る肉片。
 残るフォビドゥンの頭の肉が吹き飛ばされた。
 そして屍獣の動きが止まる。
 しかし、四人が安堵したのも束の間、首を貫かれたレイダーとカラミティの目玉が動き、イージスとストライクを睨む。
 そして大きく抉られたフォビドゥンの傷口が波打ち、粘る血が垂れ落ちる。
「駄目か……?」
「いや良くやった」
 葉巻に火を着け、インパルスの足元に燐寸を捨てたのは、スカル。
 外套を払い退け、高く飛び上がりフォビドゥンの頭の上に立つと、傷口に剣をねじ込み、アンカーで更にこじ開ける。
「高級品だ、よく味わえ」 
 吸い込んだ煙を吐き出すと、まだ大きく残る葉巻を傷口に落とす。
「すぐに離れろっ!」
 テスタメントの声に慌ててイージスとストライクは武器を残してその場から離れる。
 傷口が異物毎閉じていくのを見届けて、スカルもその身を宙に躍らせる。
 吹き飛んだ頭が形を取り戻しかけたその時、葉巻の中央に火が届いた。
 口から火柱を吐き出し、轟音と共にフォビドゥンの顔面が吹き飛ぶ。
 突き上がる火柱。
 爆風に煽られ、大地に転がるストライク達。
 その傍らに空中で体勢を崩したスカルが着地に失敗し地面に激突する。
「領主!」
 痛む右腕を押さえ、テスタメントが駆け寄る。
「あんな物を咥えて……」
 一歩間違えれば自分の頭が吹き飛ぶ。
 イージスは猛火に包まれ、その動きを止めた屍獣を見ながら、呆気にとられた声で呟く。
「とっておきだからな」
 テスタメントの肩を借りて立ち上がったスカルは、右目だけ細めて笑ってみせた。
 そして焼き尽くされた獣が大地に崩れ落ちる。
 最早再生することも叶わず、屍獣は灰にその身を還していった。



「ちいっ」
 ゲルフィニートは一つ舌打ちすると、螺触麗死悪を操る事に意識を集中させる。
 まだだ、まだ終わってたまるものか。
 既にナイアーと自分以外は倒されてしまった事に苛立ちを感じながらも、華弁の砲塔を焔組に向ける。
 ほぼ同時に力を溜めた五つの閃光が放たれた。
 眼前に降り注ぐ高熱の瀑布に焔組の前進が阻まれる。
「ぬっ?」
 絶突の足元が揺れる。
 離れる間も無く、大地が吹き飛んだ。
 地下にはその一帯全てを焔組毎かち上げた触手が、汚泥の如く蹲っていた。
 蠢き、収縮すると束となり、一斉に伸び上がった。
 宙に浮く焔組を追い抜くと、その幹から触手が一斉に飛び出す。
 そのうちの一本が琥狼主へと向かう。
 牙を剥き、その身を喰らおうと迫る。
 琥狼主の視界を開いた大口が埋め尽くし、そしてばぐんと閉じられた。
 擦り合わされ、軋む牙。
 そこにひび割れが走る。
 触手の頭を掴む琥狼主の腕。
 挟み込む腕に更に力を込めると、ばきりと牙が割れ、頭が潰される。
 琥狼主は空を見上げ、突き上げる勢いにのって高く飛んだ。
 絡み合う触手の柱を踏み台にして、上空の華弁に向かって跳ぶ。
 その動きに反応した華弁が砲撃を加えようとしたその時、下からの砲撃を受けてその巨体が仰け反る。
「琥狼主さん」
 阿吽修羅が空を見上げ、呟いた。
 大豪腕に触手を纏めて掴ませ、それを軸に襲い掛かる敵から身をかわす。
 そして阿吽修羅の作った隙に琥狼主が華弁の背後を取った。
「でやあっ!」
 回転の勢いを乗せた琥狼主の蹴りが巨大船のような華弁を叩き落す。
「阿吽修羅!」
「はい!」
 周囲の触手を電撃で焼き払うと、地面に横たわる華弁に向かい、阿吽修羅は背面から推進剤を燃やし、炎を振りまきながら巨体を突進させる。
 華弁を挟んで、その対角線上には同じく突進する琥狼主。
 阿吽修羅が、琥狼主が、手甲と大豪腕を腰溜めに構えたのは、ほぼ同時の事。
 勢いはそのまま、寸分違わぬ動きで距離を詰める。
 そして引き絞られた力を、前へ解き放ち、叩きつける。
「はあっ!」
「おおっ!」

 
 倒された華弁が放つ爆発と閃光。
 その光を背に絶突が走る。
 華弁を幾筋にも切り裂く数多の剣線。
 その傍で玖珠壱が扇子龍を棍の先に集め、大団扇の型を作る。
 絶突は反転し、目では追いきれぬ速さで華弁に斬撃を叩き込む。
「玖珠壱!」
 名前を叫ぶと絶突がその場から離れる。
「お任せを」
 玖珠壱が大団扇を振り抜く。
 たちまち巻き起こる突風に華弁が押さえ込まれる。
 更にもう一振り。
 渦となった風が斬撃の跡をみりみりと広げ、その身を裂く。
 身を捩り、吐き出す悲鳴も風がかき消す。
 ぐん、と体を捻り、勢いをつけて大団扇をぐるりと振り回すと、唸りを上げた風が華弁を絞り上げ、千切れたその身を捻り潰していく。
「疾!」
 最後は玖珠壱の発した声と共に押し潰れ、爆発した。



 逆流した力がゲルフィニートの体に絡みつく触手を弾けさせる。
「くそっ」
 五枚の内二つの華弁を落とされたゲルフィニートは残りを後退させようとした。
「遅いですよ」
 無数の苦無が上を取った瑠椎生から放たれ、華弁に突き刺さる。
 隠丸の大筒も無傷の獲物に狙いを定めた。
「これで終わりだあっ!」
 声は上空から。
 叫ぶのは斎胡磨駆参。
 ごう、と双戟を回し、雷を纏い、一撃を叩きつける。
 そして突き刺さった苦無が光り、仕込まれた炸薬が破裂して華弁の動きを止めると、隠丸の大筒が残る一枚を打ち抜く。
「上出来です、瑠椎生」
 粉砕された華弁の起こす爆炎の中から斎胡磨駆参が飛び出す様を確認すると、葵麗駆主と江須が構える。
 葵麗駆主が右の手で印を切ると、その足元に現れる五行八卦の陣。
 逆手に持った叢雲を振るい、音も無くその体を回すと、陰陽作りの文様が八卦の図を取り囲む。
 一つ、息を吸い込む葵麗駆主。
 右の一足で足元を踏みしめ、左の一足を標的に向けて、たんっと踏み出す。
 すると足元に広がる陣と委細違わぬ文様が葵麗駆主の頭上に浮かび上がる。

「こちらも出し惜しみは無しです」
 両肩から閃光乱散砲を引き出し、江須が呟く。
「全動力炉、出力最大値に固定。二番機と三番機は固定後、主炉に同期」
 支持に合わせて鎧の中の動力炉が光を放ち、最大出力で稼動を開始する。
「目牙砲形態」
 前方に向けられた閃光乱散砲に腰の動力線が繋がり、江須の目に遮光鏡が下ろされる。
 低い音を鳴らし、最大稼動する江須の鎧が震えた。

「参ります」
 葵麗駆主の声に合わせて、標的よりも大きな八卦図が華弁の上下に生み出され緩やかに回転を始める。
 異なる向きに回り始め、距離を詰める。
 そこから発する圧力に押さえ込まれ、その身を捩じらせる華弁。
 重なり合おうとする二つの八卦図がその身に触れる。
 立ち上る悲鳴。
 触れた箇所からその身が光の塵となり、削り取られていく。
 動けぬ体を悶えさせるが、速度を上げた陰陽の絵図が華弁を押し潰し、消し去っていく。
 更に勢いを増す回転に、溢れ出した光の粒子が花火の如く、空に舞う。
 そして葵麗駆主が目を閉じると、二つの八卦図が重なり、消え去った。
 後はきぃんと水晶の割れたような音だけがその場に残る。

 
 
 力が最大限にまで充填された両腕の閃光乱散砲と、それ以上に大きく力を溜め込んだ江須の額の目牙砲の照準が一点に定まる。
「三連目牙砲(トリプルメガカノン)」
 口の中で呟き、引き金を押し込み、発射の反動に耐える。
 江須の顔を眩く照らす発射光。
 螺旋を描き放たれた閃光が標的を飲み込む。
 そして音も無く、膨大な熱量が華弁を蒸発させた。

 


 気付いた時には手遅れだった。
 全ての華弁を潰され、ゲルフィニートの腕に走る痺れと腕を失ったかのような痛み。
 撃破の反動で両腕が動かない。
 だが、その苦しみが、ゲルフィニートを突き動かした。
 力を込めると残る全ての触手が跳ね上がる。
 一向にその数を減らした様子の無い、螺触麗死悪の先鞭の群れ。
 その一本一本が波打ち、まるで大河の本流の様に、こちらに向かって来る光景を前に、葵麗駆主は無言で前に出た。
 流れの中に、その身を躍らせる。
 焔組の砲撃が障害を薙ぎ払い、道を作る。
 その穴を埋めるように押し迫る触手も葵麗駆主の振る叢雲が薙ぎ払い、飛翔の速度を落とす事は出来ない。
 

 何故だ。
 有り得ぬ筈の光景に、思わず声が出た。
 こんな事は、有り得ぬ。
 有り得ぬ。
「消え失せろ、いらぬ、いらぬ、貴様らなど消えてしまえ」
 絶叫が島の空に響く。
 千切れた触手から闇が染み出す。
 それは先刻と同じ、全てを染め抜き、飲み込み、蝕む闇。
 葵麗駆主を、焔組を、残らず飲み込み、ゲルフィニートの目に写る物全てを暗黒に染めていく。
 そこに広がるのは闇に染まった虚無の空間。
 音も無く、光も無く、ただただ無が続く静寂の世界。
「これが、あなたの望みですか」
 それを打ち破る葵麗駆主の声。
 その声と共に光が縦一線に走った。
 闇が割れ、そこには叢雲を振り下ろした葵麗駆主の姿。
 強い力がゲルフィニートの闇を打ち払う。
 そして全ての暗闇が霧消すると力強く、そして暖かく輝く光が世界には広がっていた。
「終わりです、ゲルフィニート」
 叢雲を構え、葵麗駆主が巨体の懐に飛び込む。
 最早生まれる闇は全て光にかき消され、阻む物は無い。
 幾多の抵抗を跳ね除け、葵麗駆主が迫る。

 刀が、螺触麗死悪に届いた。

 深々と突き立てた刃の先から光が溢れ、螺触麗死悪の巨体を貫く。
 叢雲を抉るように捻り、水平に向けるとその剣は中央で分かれ、一対の片刃の剣に変わる。
 柄を持つ手に力を込め、左右に広げる。
 刃が貫いた光と共に螺触麗死悪を易々と切り裂く。
 淀む事無く、パンッと、螺触麗死悪の巨体が二つに断たれた。



 灰となって掻き消えていく螺触麗死悪からゲルフィニートは触手を切り離して脱出する。
「認めぬ、認めぬぞ。我はまだ諦めぬ!」
 崩壊の中、その身を宙に投げ出す。
『もう終わりだ』
 声は目の前に。
 ぐるりと、隠丸がゲルフィニートの目前に姿を現す。
 距離は無し。
 大きく振りかぶった澳津鏡を叩きつけ、心臓を正確に隠丸が打ち抜く。
「ナイアー、さま……」
 引き金を押し込む。
 
 ドンッ!

 胸を抉られ、吹き飛ばされる。
 主の名前を呼び、南蛮の方術士は消滅した。



「しゃあっ」
 袈裟に振り下ろされた魔槍が刀に弾かれる。
 だが勢いを使い、石突を相手に叩きつける。
 掬い上げる一撃を烈弩は僅かに身を逸らしてかわしつつ、刀を振るう。
 しかし、胴を凪ぐ一撃は当たらない。
 その身を飛ばし、消えたナイアーが烈弩の頭上に。
 そこから繰り出される一撃に怯む事なく間合いを詰め、烈弩は槍と刀を摺り合わせて一撃をかわす。
 ナイアーと烈弩が一瞬、鍔競り合う。
 ぐんと力を込め、壁代わりに眼前の空間を歪め、距離を取ろうとする。
 だが、それでも踏み込む烈弩。
 弾ける寸前の力を突き抜け、離れる事無く力を入れて相手を押し込む。
 ナイアーは相手の得物を押さえ込み、力を背後から放とうとしたが、腹に衝撃を受ける。
 どんっと体が吹き飛んだ。
「がっ」
 烈弩の蹴りがナイアーを下がらせる。
 距離が開く。
 腹部に広がる痛みを感じながら、ナイアーが睨みつけた烈弩は一歩も下がる事無く、その場でだらりと刀を右に流して構えていた。
 また、下がらされた。
 その時ナイアーは気付く。
 奴は一度も下がってはいない。
 その場から常に前へ。
 自嘲気味に笑うと、ナイアーは魔槍を構えた。
 それが貴様のやり方か。
 いいだろう。
「終わらせるぞ」
 覚悟を決めたナイアーの声。
「ああ」
 だらりと菊一文字を構え、烈弩が狙うのは居合いにも似た、踏み込んでの一撃。
 それで勝負を決める。

 足元から風が吹く。
 ゲルフィニートの消滅は、ナイアーにも感じられた。
 しかし、反応は出来なかった。
 烈弩と向かい合い、微動だにしない。
 だがナイアーの体はただ一つの動きに向けて研ぎ澄まされていく。
 互いに共通するのは、一撃で終わらせるという想いだ。
 例えどんな一振りがこようとも、今までよりも速く、斬撃をかわし、最も鋭い一撃を叩き込む。
 その事に迷いは無い。
 己が身をどのように動かすか、ナイアーはその事だけを考え、研ぎ澄ませていく。
 ぎりぎりと緊迫した空気が二人の間に生まれていった。
 それは徐々に膨らみ、その大きさを増す。
 二人を包み、更に膨らむ。
 目に見えぬ圧力がその場に満ちた。
 それを切り裂くのは刃の切っ先、穂先の先端。
 そこに全てを賭ける。
 また、風が吹いた。
 先に動いたのは、ナイアー。
 ただ狙うのは一点。
 烈弩が動くその時。
 踏み込んだナイアー。
 烈弩の右足が動いたと、思った。
 ここだ。
 だがしかし、烈弩との間合いが埋まらない。
 
 ザンッ。

 何故だ。
 突然目の前の烈弩が消えた。
 否、こちらが踏み込み、前に抜けたのだ。
 右腕が無い。
 これは、斬られたのだ。
 瞬きをする時間よりも短い間の出来事を、同じだけの時間をかけてゆっくりと一瞬で思い出す。
 その背後では魔槍を掴んだまま斬り飛ばされたナイアーの右腕が彼方へと飛んでいく。

 敗れたのか。
 呆然と振り向くナイアーの目に映るのは、本来ならば刀と呼ぶには長大過ぎる刃を振り抜いた、烈弩の背中。
 そして、胴から断たれた己の腰から下がゆっくりと崩れ落ちる光景。
 どのように奴が動いたかは分かる。
 しっかりと思い出せる。
 だが、ナイアーはもう斬られていた。
「馬鹿なっ……」
 我に返り呻いたその時、炎がナイアーの体を包む。
 まだ何か叫ぼうとした顔も灰となり、炎が燃え上がった。
 刀を振るう、ただそれだけの事をすると、烈弩はゆっくりと刀を下ろす。
 それが終わりの合図となった。
 風が吹く間も無く、興国の英雄は、その場で紅蓮の炎に灰も残さず焼かれ、消えた。
 


「兄上が、勝ちました」
 葵麗駆主の言葉に、歓声が沸き起こる。
 喜びに沸く仲間達の中で、一人空を見上げ、密かに烈弩に敬服する。
 あのような状況で、どのようにすれば、あんな一撃を振るう事が出来るのやら。
「やはり、あなたが大将軍ですよ」
 空から降りてくる烈弩を見て、葵麗駆主は微笑んだ。

 不意にその歓声に不穏なものが混ざる。
 空から降りてくる烈弩の速度が余りに速い。
 まるで落ちているかのような。
 男達の疑問が確信に変わった時、烈弩の体が大地に激突した。



 立ち込める土煙の中、不安気に生き残った者達がざわめく。
「ご苦労様でした、大将軍殿」
 そんな中、飄々とした声をかけたのは隠丸。
「ああ、全くだ」
 疲れていると言わんばかりの投げやりな声が返ってくる。
 いつも通りの調子で。
 そして土煙が晴れていく。
 地面に寝転がったまま、烈弩が天に向かって叫ぶ。
「もう動かねぇぞ!」
 高らかに隠丸が笑った。
 葵麗駆主が、焔組が、スカルが、そして生き残った者全てが笑う。
 やがてそれは歓声へと変わる。








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